2008年10月 6日

§ΞΞΞΞ 口上 ΞΞΞΞ§

『大宮』の地名の由来でもあり、武蔵国一宮(むさしのくにいちのみや)として知られる氷川神社は、社史によれば孝昭天皇3年の創建と伝わります(西暦換算には諸説あり)。古くはヤマトタケルが東北遠征に際し立ち寄ったとされ、下っては源氏、徳川、明治政府まで、時々の権力者から信奉を受け、また、病疫除けの祇園信仰のよりどころとして、信心篤い市井の人々の崇敬を集めてきました。

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氷川神社の所在地はさいたま市大宮区高鼻町です。「高鼻」という地名は古く、古地図によればこの地は縄文海進の名残であるとされる見沼(御沼)の縁にあたり、沼に突き出た台地であったようです。氷川神社は古代、水と農耕の神であったといいます。灌漑用水でもあり、水害をもたらす元凶でもあった見沼を鎮護するため、三室の氷川女體神社、中川の簸王子社(中氷川神社→中山神社)とともに三社でひとつの広大な神域(結界)を形成していたのです。江戸時代、干拓により見沼が消滅し、龍神は伝説となって天に消えましたが、見沼に代わる水源として整備された東西の見沼代用水と、その落ち水を受ける芝川(見沼悪水)という三本の"仔竜"が"見沼田んぼ"を貫いて流れ、氷川神社は静かにそれを見守っています。
(参考:大宮市編集「大宮のむかしといま」、大宮市教育委員会「大宮をあるく」)

nu.pngさいたま市コミュニケーションキャラ:つなが竜 ヌゥ
 

このサイトでは氷川神社大百科と銘打ち、氷川神社の魅力や氷川参道の見所、風物などをご紹介して行きたいと思います。

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